働き方の研究

フリーランスから会社員に戻った理由|30代所長が独立1年で気づいた「生活基盤」の重み

「独立してみたけど、想像と違うかも」
「会社員に戻るのって、やっぱり負けなのかな」

そんな気持ちで検索された方も多いと思う。

私自身、20代後半でフリーランスとして独立し、1年ちょっとで会社員に戻った経験のある30代所長だ。当時は自分でも「これは典型的な失敗パターンだろうな」と思っていた。

しかし数年経って振り返ってみると、戻ったこと自体は失敗でも負けでもなかった。むしろあのまま意地で続けていた世界線のほうがよほど怪しかったな、と今は思っている。

今回の記事ではなぜ戻ったのか、戻ったあとで何が見えたのか、そして独立1年目の自分に何を伝えたいのかを整理した。「続けるか、戻るか」で迷っている方の頭の整理に使ってもらえれば嬉しい。

「独立したら自由」と思って独立するも事務に殴られる

「独立したら自由なんでしょ?」

そう思っていた頃が、私にもあった。

請けていたのは映像制作と動画編集の請負だ。なので独立後の日々は、当然、編集作業で埋まっていくものだと思っていた。

ところが実際に時間を食われていたのは、編集ではない。

請求書、領収書、見積書、確定申告、そして営業資料。要するに「作業の周りにくっついてくる事務全部」だった。

「想定と違うぞ」と気づくきっかけも、わかりやすいものではない。日々の請求書まわりでじわじわと違和感が積もり、確定申告のタイミングでドカンと体感する。

そして営業資料。

これがまた酷い。「作ろう作ろう」と思いながら結局最後まで作れずじまい。

「営業資料、ちゃんと作ろうね」と当時の自分に声をかけたい。当時の自分は「作ろうとはしているんだ」と返してきそうだ。作ろうとはしている、だが手は動いていない。何もしていないのと同じだ。

独立 = 自由 というイメージは半分本当だった。残りの半分は「会社が肩代わりしてくれていた仕事が、全部こちらに渡される」という話だ。その重さに気づくのは独立の高揚が冷めかけた頃で、だいたいの場合もう走り出したあとだったりする。

戻った決定打は、住宅ローンでも社会保険でもなかった

ここから本題に入ろう。

ネット記事で「フリーランスから会社員に戻る理由」を調べると、住宅ローン審査・社会保険・年金、このあたりがよく出てくる。

私の場合は違った。もっと地味で、身も蓋もない理由だ。

契約がなくなった。それだけ

きっかけになっていた1年契約が終わって、その先の仕事を自分でつなげられなかった。これが全てだ。

「なぜつなげられなかったのか?」

答えは一つしかない。

致命的に営業ができなかった。

営業資料は作れていない。新規開拓のルートも持っていない。単価交渉もできない。「契約が終わったら、次は自分で取りに行けばいい」、そう自然に思える人が独立に向いているのだろうが、私は完全にそのタイプではなかったわけだ。

「営業ができないなら独立しなきゃよかったのでは」

そのツッコミは、当時の自分に一番してあげたい。独立する側に必要だったのは「作業ができる」ことではなく「仕事を取ってこられる」「お客さんがいる」ことだった。これは辞めて初めて分かった。順番が完全に逆だったのである。

そして、私の経済的状況のほうにも問題があった。20代前半に作っていた毎月の返済が、独立時点でまだ残っていたのだ。

金額の大小はあまり関係ない。「毎月一定額が確実に出ていく」という事実そのもののほうが効く。

固定で出ていく額があると独立後の判断は全部そこに引っ張られる。安い案件でも断れない。単価交渉する勇気が湧かない。仕事が途切れた瞬間に詰む。

そしてもう一つ。

当時の契約は編集工程の末端だけを請ける構造だった。企画やマネジメントは入っていない。

工数のわりに報酬は伸びず、いくら手を動かしても積み上がっていかない。心の中では「もう少し単価のいい仕事ないかな…」とつぶやきつつ、断れる体力もない。

地獄である。

改めて並べてみるとこんな状態だった。

  • 単価が安すぎる契約1本に依存していた
  • 営業の仕組みも資料もなかった
  • 毎月の返済という固定の出血があった
  • 受け持っているのが工程の末端だけで、構造的に伸びしろが小さかった

赤信号しかない。

1年契約が1本取れただけで独立、ぜーんぶ甘く見ていた。

そりゃ続かない。続くわけがない。

「戻る=負け」と感じずに済んだのは、横にいた人のおかげ

「でも周りからどう見られるか…」

その気持ちは、すごく分かる。フリーランスから会社員に戻る話は、現実の損得よりも、世間体や自尊心の問題にすり替わりやすい。

ただ、私自身は不思議とそこは引っかからなかった。

理由は単純だ。仕事はなくなった、営業はできていない、返済は残っている。

「戻る」以外を選ぶほうがよほど不自然な状況だった。

ただしこれは私の根性が強かったからでも、達観していたからでもない。

横に、同じような経験をしている人がいてくれたのだ。これが本当に大きかった。

詳しくは書かないが、当時同じ家にいた人が、別の職種から思い切って別業種に飛び込んでみて、私と暮らしていた。その方も別業種に関しては失敗し、また別の場所で別の仕事に切り替えようとしている状況だったのだ。

「うまくいかなかったから次に行く」を当たり前にやっている人が横にいるだけで、自分の選択も「ただの普通のこと」に見えてくる。

ここで気づいたことがある。

「戻る=負け」という感覚は、自分の中から自然に湧いてくるものではない。

比較しているまわりによって、勝手に作られていただけだ。

SNSで成功しているフリーランスばかり眺めていれば、戻る選択は重く感じる。逆に、形を変えながら働き方を選び直している人を1人でも知っていれば、戻る選択はただの軌道修正に見える。

比較する人を選び直す。それだけで、重さがかなり変わってくる。

戻ってみて分かった、想定外の良かったこと・きつかったこと

ここからは、戻ったあとの実感だ。

良かった面だけ書くと独立を考えている人を引き留めることになるので、きつかった面も同じ温度で並べておく。

まずは良かった面から。

毎月決まった日に、決まった額が入ってくる。

それだけの事実が、精神衛生にどれだけ効くか。これは独立を経験するまで本当に分からなかった。

「次の仕事はどこから来るんだろう」を考えなくていい時間が、こんなにも思考の余白を取り戻してくれるのか、と。

そして、会社という仕組みの偉大さに改めて気づいた。

事務を担当する人、営業を担当する人、実務を担当する人。役割が分かれていて、それぞれが自分の役割をこなしているだけで売上が立っていく。

これを設計して回している「会社」というもの自体が、改めてすごい。

独立して全部一人でやろうとして折れた身からすると、この分業構造はちょっと感動ものだった。「あぁ、これに乗せてもらうって、こんなに楽だったのか」と。

一方、きつかった面。

ここからが本音。

自分が「ここダメだよね」と思った場所を、自分の判断で直せない。

フリーランス時代は、請求書や見積書まわりが煩雑だと感じたら、ExcelやスプレッドシートでサッとツールをDIYして、明日から運用を切り替えることができていた。気に入らなければまた作り直せばいい。判断と実行のスピードが、完全に自分の手の中にあったのである。

会社員に戻ると、ここがガラッと変わる。

現場で「ここ非効率だな」と気づいても、勝手にツールを作ると他の人が触れなくなる。これがいわゆる「属人化」というやつで、改善の名のもとに自分しか触れない仕組みを増やしてしまうリスクと、常に向き合うことになる。

属人化と戦いながら、組織にとっての最適解を探す。

これは独立していた頃にはなかった種類の難しさだった。

「結局どっちが幸せなの?」

そう聞きたくなる方もいるかもしれない。私の答えは「どっちにも幸せの形がある」だ。きれいごとに聞こえるかもしれないが、両方を経験して初めて、片方だけでは見えない景色があるのだと分かった。

独立1年目の自分に伝えたい4つ

ここからは、もし独立1年目の自分に会えるとしたら、伝えたい話だ。

いま独立を考えている方は、自分の状況と照らして点検に使ってほしい。

「そんな当たり前のこと…」

当たり前のことを当たり前にやれなかった人間がここに一人いるので、わざわざ書いておく。

単価は強気で提示する

安すぎる単価は自分も取引先も消耗させる。質を保てなくなれば、最終的に仕事をくれた相手にとっても良くない結果になる。「高い単価を取るのは悪いこと」ではなくて、「安すぎる単価を続けるほうが悪いこと」だ。

個人の負債・返済が残っている状態での独立は避ける。

金額の大小ではなく、「毎月確実に出ていく固定費がある」という事実そのものが、独立後の判断を歪める。返済が終わってから踏み切るほうが、結果として独立後の選択肢は広がる。これは断言してもいい。

契約1本を「独立の根拠」にしない

1年契約が取れた、というのはそれ自体は喜ばしいことだ。でも「これがあるから独立できる」と判断するのは、入口を1つしか持っていないということでもある。せめて2つ目の見込みが立った段階で踏み出すほうが、生存率は大きく変わってくる。

苦手な作業は得意な人に振る前提で設計する。

「独立」という言葉のせいで「全部一人でやらなきゃ」と思い込んでいた。これは完全な勘違いだった。営業が苦手なら営業ができる人に振る、資料作成が苦手なら作れる人に頼む。独立してももう少し人を頼っていれば、もう少し売上は立てられたんだろうな、といまでも思う。


この4つは住宅ローンや社会保険のような制度の話ではなく、私が実体験で痛い目を見たポイントだけに絞っている。

それでも副業は続けている

会社員に戻ったあとも、私は副業を完全にはやめていない。

理由は2つある。

1つ目は、収入の積み重ねが必要だったから。

会社員だけだと収入は安定するが、自分が理想とする生活水準には届かない。だとすれば、別の入口を少しずつ育てておく必要がある。

2つ目は、もっと正直に書くと、脱出装置として持っておきたかったからだ。

会社がもしダメになったとき。あるいは、自分が「この仕事もう無理だ」と思ったとき。そのときに外へ出られる経路を、一本だけでも残しておきたかった。

これは独立を一度経験した人ほど、肌で理解できる感覚だと思う。一度「会社の外」を見ると、会社という船が万一沈み始めたときの怖さも、自分から降りたくなったときの選択肢の少なさも、リアルに想像できるようになる。だからこそ月に数万円でもいいから、自分の力で稼げる経路を1本残しておきたい。

これは「もう一度フリーランスに戻る前提」ではない。

「いつでも戻れる準備を持っているから、戻らずに済む」

ちょっと逆説的だが、そういう類いの保険だ。

「副業やる余裕なんてないよ」

そう感じる時期は当然ある。私自身、会社員に戻った直後はとにかく疲弊していて、副業どころではなかった。

それでも頭の片隅にずっと「もう一度自分の手で何かやる」という探索だけは残していた。明確に「副業を続けるぞ」と決めたわけではなく、なんとなく模索し続けていた、というのが正直なところだ。

この「フリーランス → 会社員 → 副業」という流れは、いまの自分の中では一つの型として整理している。「会社員一本」でも「フリーランス一本」でもなく、両者を時間軸で重ねていく考え方だ。副業の入口づくりについては別記事「副業 月5万 ロードマップ」(内部リンク予定) で改めて整理する予定である。

おわりに

会社員に戻る決断は、負けではなかった。

生活基盤を取り戻し、次の一手を打つための合理的な軌道修正だった。少なくとも私は、戻ったから今があり、戻ったから副業をもう一度育てる余裕が生まれている。

もし今、独立するか戻るかで迷っている方がいたら、上の4つのチェックポイントに自分を当てはめてみてほしい。

一つでも引っかかるなら、踏みとどまるか戻る選択肢を真剣に検討する価値がある。

最後にひとつ。

独立に不安を感じているなら、あの頃の私より、間違いなく優秀だ。自信を持ってほしい。

不安を感じているということは、それだけ慎重に未来を考えている証拠である。当時の私は不安をぜんぶぶん投げて勢いだけで飛び込み、見事に1年で戻ってきた人間なので。

戻るのも、続けるのも、その先を自分のものにしていけばいい。たぶん、それだけの話だ。